<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" version="2.0"><channel><title><![CDATA[合同会社浮世繪]]></title><description><![CDATA[文化を価値に変えるクリエイティブ]]></description><link>https://www.ukiyoe-inc.com/blog</link><generator>RSS for Node</generator><lastBuildDate>Fri, 16 Oct 2026 09:28:52 GMT</lastBuildDate><atom:link href="https://www.ukiyoe-inc.com/en/blog-feed.xml" rel="self" type="application/rss+xml"/><item><title><![CDATA[令和浮世絵巻〜第六幕〜]]></title><description><![CDATA[【第二十一幕】 デジタルに価値はないのか？ 現代浮世絵を描いていると、時々こんなことを言われます。 「デジタルって複製できるから価値がないですよね」 正直、最初は少し驚きました。 なぜなら、その考え方だと、浮世絵そのものの価値も否定することになってしまうからです。 ■ 浮世絵は“版画”だった 実は、多くの人が美術館で見ている浮世絵。 あれは、北斎や広重が一枚ずつ筆で描いた作品ではありません。 木版画です。 絵師が下絵を描き、彫師が版木を彫り、摺師が何百枚、何千枚と摺る。 つまり浮世絵は、最初から大量生産を前提とした文化だったんですよね。 今で言えば、印刷物に近い。 だからこそ、庶民の手に届いた。 だからこそ、世界へ広がった。 ■ 肉筆画と版画の違い もちろん、肉筆画には肉筆画の価値があります。 その瞬間の筆遣い。一点しか存在しない唯一性。 僕も素晴らしいと思います。 でも版画は違う価値を持っている。 誰か一人のためではなく、多くの人へ届けるための表現。 だから肉筆画が上で、版画が下という話ではないんです。 そもそも浮世絵文化は、版画によって発展したんですから。 ■...]]></description><link>https://www.ukiyoe-inc.com/post/%E4%BB%A4%E5%92%8C%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5%E5%B7%BB%E3%80%9C%E7%AC%AC%EF%BC%96%E5%B9%95%E3%80%9C</link><guid isPermaLink="false">6a2b1d7a9095d1fb2e82d731</guid><pubDate>Thu, 11 Jun 2026 20:45:09 GMT</pubDate><enclosure url="https://static.wixstatic.com/media/0ea3d3_179dc67089b6452fa2123baaf81e718e~mv2.png/v1/fit/w_1000,h_1000,al_c,q_80/file.png" length="0" type="image/png"/><dc:creator>空次 那須</dc:creator></item><item><title><![CDATA[令和浮世絵巻〜第五幕〜]]></title><description><![CDATA[喜多川歌麿 ― 女性を“人格”として描いた男 浮世絵って、もともとは理想化された美人を描くことが多かったんですよね。 流行りや時代に沿った美人画は、その時々で頭身が変わったり、売れた画風に寄せて、こぞってそのタッチで描かれたりする。 だから、よく見ると「あれ？なんだか似ている顔が多いな」って感じることがあるんです。 それはある意味、“美のフォーマット”があったということ。 浮世絵は売り物ですから、売れる顔、売れる構図、売れる雰囲気が量産される。 それもまた時代なんですよね。 でも、喜多川歌麿は違いました。 彼が描いたのは、ただ整った顔立ちの女性ではありません。 ふと横に流れる視線。少し開いた唇。何かを考えているような目元。わずかな感情の揺れ。 大首絵という構図で、顔を大胆にクローズアップし、女性の“内面”に踏み込んだんです。 それまで注目されなかった「町娘」という庶民の女性。 寛政三美人 スターでも、伝説の遊女でもない。名もなき日常の中にいる女性。 その人たちを、単なる“美の記号”としてではなく、感情を持つひとりの存在として描いた。 これは大きな転換だったと思うんですよね。...]]></description><link>https://www.ukiyoe-inc.com/post/%E4%BB%A4%E5%92%8C%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5%E5%B7%BB%E3%80%9C%E7%AC%AC%E4%BA%94%E5%B9%95%E3%80%9C</link><guid isPermaLink="false">69a202f59d34acb7c4351027</guid><pubDate>Sat, 28 Mar 2026 01:00:08 GMT</pubDate><enclosure url="https://static.wixstatic.com/media/0ea3d3_12b54caf9730421d9120f8af767b4183~mv2.jpeg/v1/fit/w_183,h_275,al_c,q_80/file.png" length="0" type="image/png"/><dc:creator>空次 那須</dc:creator></item><item><title><![CDATA[令和浮世絵巻〜第四幕〜]]></title><description><![CDATA[浮世絵は、実は“広告”だった？ 浮世絵って、実は広告の役割も果たしていたんですよね。 新しい芝居が始まれば、その役者絵が出る。 人気の遊女がいれば、その美人画が広まる。 「今これが話題です」を視覚で伝える。 完全にメディアです。 その中で喜多川歌麿は、役者でも遊女でもない「町娘」を描くことで大きな革命を起こしました。その話はまた後日、、、 ■ 情報を売る文化 当時の人たちは、浮世絵を通して流行を知り、憧れを抱き、話題を共有していた。 SNSがなかった時代の、ビジュアルコミュニケーション。 そう考えると、浮世絵ってめちゃくちゃ現代的ですよね。 ■ だからこそ、今。 浮世絵が広告であり、メディアであり、物語だったのなら。 現代でそれをやらない理由はない。 企業の挑戦を描く。地域の誇りを描く。未来へのビジョンを描く。 浮世絵は過去じゃない。 今も使える表現なんですよね。 え Were ukiyo-e actually “advertisements”? Ukiyo-e, actually served an advertising role too, you know. When a...]]></description><link>https://www.ukiyoe-inc.com/post/%E4%BB%A4%E5%92%8C%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5%E5%B7%BB%E3%80%9C%E7%AC%AC%E5%9B%9B%E5%B9%95%E3%80%9C</link><guid isPermaLink="false">69a1ff5b9d34acb7c4350920</guid><pubDate>Sat, 21 Mar 2026 01:00:14 GMT</pubDate><enclosure url="https://static.wixstatic.com/media/0ea3d3_12b54caf9730421d9120f8af767b4183~mv2.jpeg/v1/fit/w_183,h_275,al_c,q_80/file.png" length="0" type="image/png"/><dc:creator>空次 那須</dc:creator></item><item><title><![CDATA[令和浮世絵巻〜第三幕〜]]></title><description><![CDATA[役者絵は、江戸時代の“推し活”だった？ 役者絵って、実はめちゃくちゃ面白いジャンルなんです。 今で言うなら、アイドルや俳優のポスターみたいなもの。 しかも当時は、人気役者の浮世絵が飛ぶように売れていたそうです。 完全に“推し活”ですよね。 ちなみに僕の推しはTWICEのチェヨンです。あとキムタク。 豊原国周 作「暫」 ■ ただの肖像じゃない でも、役者絵は写真じゃない。 その役者が演じている役の“瞬間”を描く。 怒りの表情、悲しみの目線、決め台詞の直前。 一番ドラマチックな瞬間を切り取る。 つまり、“物語ごと売っていた”んですよね。 今みたいにiPhoneのカメラなんてありませんでしたからね。 ■ 現代の役者って誰だろう？ じゃあ、今の時代の役者って誰なんだろう。 経営者かもしれない。挑戦者かもしれない。何かを背負って前に出る人。 舞台は歌舞伎座じゃなくても、人生そのものが舞台だったりしますよね。 だから僕は、現代の役者絵を描きたいと思っているんです。 Were Actor Portraits the “Fan Culture” of the Edo Period? Actor...]]></description><link>https://www.ukiyoe-inc.com/post/%E4%BB%A4%E5%92%8C%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5%E5%B7%BB%E3%80%9C%E7%AC%AC%E4%B8%89%E5%B9%95%E3%80%9C</link><guid isPermaLink="false">69a1fbc232a596f2a27cb385</guid><pubDate>Sat, 14 Mar 2026 01:00:15 GMT</pubDate><enclosure url="https://static.wixstatic.com/media/0ea3d3_12b54caf9730421d9120f8af767b4183~mv2.jpeg/v1/fit/w_183,h_275,al_c,q_80/file.png" length="0" type="image/png"/><dc:creator>空次 那須</dc:creator></item><item><title><![CDATA[令和浮世絵巻〜第一幕〜]]></title><description><![CDATA[浮世絵って、結局なんなんだろう？ 浮世絵って、結局なんなんだろう。 伝統美術？有名な波の絵？美人画や役者絵？ もちろんそれも正解なんですけど、僕は、浮世絵って“その時代の今を映すメディア”だったんじゃないかなと思っているんですよね。 江戸時代、浮世絵は庶民のためのものでした。武士や貴族のためではなく、町人文化の中から生まれたもの。 当時人気だった役者、憧れの遊女、流行のファッション、話題の風景。 つまり、浮世絵は“今これがアツい”を描いていたんです。 ■ 「浮世」ってどういう意味？ 「浮世」って、少し儚い響きがありますよね。 移ろいゆくこの世界。永遠ではない、今この瞬間。 だから浮世絵は、永遠の理想を描くというより、“今を切り取る”表現だったんだと思います。 役者絵は、その瞬間のスターを。美人画は、その時代の憧れを。風景画は、人々の夢を。 今で言えば、広告や雑誌、SNSみたいな存在だったのかもしれません。 ■ 北斎も、歌麿も、写楽も よく「伝統」と言いますけど、北斎も、歌麿も、写楽も、過去をなぞっていたわけじゃないんですよね。 その時代の熱を描いていた。...]]></description><link>https://www.ukiyoe-inc.com/post/%E4%BB%A4%E5%92%8C%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5%E5%B7%BB%E3%80%9C%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%B9%95%E3%80%9C</link><guid isPermaLink="false">69a1f8d850584b0fa461ea92</guid><pubDate>Fri, 27 Feb 2026 20:15:21 GMT</pubDate><enclosure url="https://static.wixstatic.com/media/0ea3d3_12b54caf9730421d9120f8af767b4183~mv2.jpeg/v1/fit/w_183,h_275,al_c,q_80/file.png" length="0" type="image/png"/><dc:creator>空次 那須</dc:creator></item><item><title><![CDATA[令和浮世絵巻〜第二幕〜]]></title><description><![CDATA[大首絵って、なんであんなに顔が大きいの？ 浮世絵を見ていると、「顔、でかっ！」って思うことありませんか？ あれが“大首絵（おおくびえ）”です。東洲斎写楽は数多くの大首絵を残してきましたね。 顔を大きく描く構図。 でも、あれってただ目立たせるためじゃないんですよね。 大首絵ってこんな感じ ■ 表情を描くという挑戦 江戸時代の初期の浮世絵は、全身を描くことが多かったんです。 でも、そこから顔にぐっと寄る構図が出てきた。 なぜか。 それは、『感情』を描きたかったからなんじゃないかなと思うんですよね。 役者のにらみ、わずかな口元の動き、目線のニュアンス。 顔に寄ることで、その人の“内側”が見えてくる。 ■ 今で言うなら、ズーム 大首絵って、今で言うとカメラのズームみたいなものですよね。 「この人を見てくれ」っていう強いメッセージ。 だから現代で大首絵を描くとき、僕は単に似せることよりも、 その人の『覚悟』や『空気”』を描けるかどうかを大事にしています。 顔って、嘘つけないんですよね。 私が書いた Why are the faces so big in o-kubi-e? When you...]]></description><link>https://www.ukiyoe-inc.com/post/%E4%BB%A4%E5%92%8C%E6%B5%AE%E4%B8%96%E7%B5%B5%E5%B7%BB%E3%80%9C%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E5%B9%95%E3%80%9C</link><guid isPermaLink="false">69a1f65f3a2716aeb217f5f8</guid><pubDate>Fri, 27 Feb 2026 20:01:52 GMT</pubDate><enclosure url="https://static.wixstatic.com/media/0ea3d3_12b54caf9730421d9120f8af767b4183~mv2.jpeg/v1/fit/w_183,h_275,al_c,q_80/file.png" length="0" type="image/png"/><dc:creator>空次 那須</dc:creator></item></channel></rss>