令和浮世絵巻〜第六幕〜
- 空次 那須
- 6月12日
- 読了時間: 3分
【第二十一幕】
デジタルに価値はないのか?
現代浮世絵を描いていると、時々こんなことを言われます。
「デジタルって複製できるから価値がないですよね」
正直、最初は少し驚きました。
なぜなら、その考え方だと、浮世絵そのものの価値も否定することになってしまうからです。

■ 浮世絵は“版画”だった
実は、多くの人が美術館で見ている浮世絵。
あれは、北斎や広重が一枚ずつ筆で描いた作品ではありません。
木版画です。
絵師が下絵を描き、彫師が版木を彫り、摺師が何百枚、何千枚と摺る。
つまり浮世絵は、最初から大量生産を前提とした文化だったんですよね。
今で言えば、印刷物に近い。
だからこそ、庶民の手に届いた。
だからこそ、世界へ広がった。
■ 肉筆画と版画の違い
もちろん、肉筆画には肉筆画の価値があります。
その瞬間の筆遣い。一点しか存在しない唯一性。
僕も素晴らしいと思います。
でも版画は違う価値を持っている。
誰か一人のためではなく、多くの人へ届けるための表現。
だから肉筆画が上で、版画が下という話ではないんです。
そもそも浮世絵文化は、版画によって発展したんですから。
■ デジタルは現代の木版画かもしれない
ここで面白いのが、デジタルです。
デジタル作品も複製ができる。
だから価値がない。
本当にそうでしょうか。
僕はむしろ、デジタルは現代の木版画に近いと思っています。
作品を多くの人へ届けられる。
世界中へ瞬時に発信できる。
制作過程まで記録できる。
江戸時代に木版画が革新だったように、現代においてはデジタルが新しい表現手段になっている。
そう考えると、意外と似ているんですよね。

■ 美術館の浮世絵も“その一枚”
美術館に飾られている浮世絵。
私たちはつい、
「これが本物だ」
と思ってしまいます。
でも、その作品も何百枚と摺られたうちの一枚。
たまたま現代まで残った一枚なんです。
もちろん歴史的価値はある。
でも、その価値は
「唯一無二だから」
だけではありません。
時代を超えて残った物語があるから。
文化として受け継がれてきたから。
価値があるんですよね。
■ だから私はロットナンバーを入れる
僕の作品には、ロットナンバーを付けています。
1/30
5/30
30/30
そんな形で管理することがあります。
それは希少性を演出したいからではありません。
どこまでも増やせるデジタルだからこそ、
どこまでを作品として残すのか。
どこまでを文化として継承するのか。
その意思を示したいんです。

■ 大切なのは媒体ではない
木版か。
肉筆か。
デジタルか。
本質はそこじゃないと思っています。
大切なのは、
何を描いたのか。
なぜ描いたのか。
そして、その作品が誰かの心を動かしたのか。
江戸時代の浮世絵師たちは、木版画という最新技術を使って時代を描きました。
ならば現代の私たちは、デジタルという技術を使って今を描けばいい。
僕はそう思うんですよね。
だから、デジタルに価値がないのではない。
価値を生み出すのは、いつの時代も人の思想なのだと思います。


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