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令和浮世絵巻〜第五幕〜
喜多川歌麿 ― 女性を“人格”として描いた男 浮世絵って、もともとは理想化された美人を描くことが多かったんですよね。 流行りや時代に沿った美人画は、その時々で頭身が変わったり、売れた画風に寄せて、こぞってそのタッチで描かれたりする。 だから、よく見ると「あれ?なんだか似ている顔が多いな」って感じることがあるんです。 それはある意味、“美のフォーマット”があったということ。 浮世絵は売り物ですから、売れる顔、売れる構図、売れる雰囲気が量産される。 それもまた時代なんですよね。 でも、喜多川歌麿は違いました。 彼が描いたのは、ただ整った顔立ちの女性ではありません。 ふと横に流れる視線。少し開いた唇。何かを考えているような目元。わずかな感情の揺れ。 大首絵という構図で、顔を大胆にクローズアップし、女性の“内面”に踏み込んだんです。 それまで注目されなかった「町娘」という庶民の女性。 寛政三美人 スターでも、伝説の遊女でもない。名もなき日常の中にいる女性。 その人たちを、単なる“美の記号”としてではなく、感情を持つひとりの存在として描いた。 これは大きな
空次 那須
3月28日読了時間: 2分


令和浮世絵巻〜第四幕〜
浮世絵は、実は“広告”だった? 浮世絵って、実は広告の役割も果たしていたんですよね。 新しい芝居が始まれば、その役者絵が出る。 人気の遊女がいれば、その美人画が広まる。 「今これが話題です」を視覚で伝える。 完全にメディアです。 その中で喜多川歌麿は、役者でも遊女でもない「町娘」を描くことで大きな革命を起こしました。その話はまた後日、、、 ■ 情報を売る文化 当時の人たちは、浮世絵を通して流行を知り、憧れを抱き、話題を共有していた。 SNSがなかった時代の、ビジュアルコミュニケーション。 そう考えると、浮世絵ってめちゃくちゃ現代的ですよね。 ■ だからこそ、今。 浮世絵が広告であり、メディアであり、物語だったのなら。 現代でそれをやらない理由はない。 企業の挑戦を描く。地域の誇りを描く。未来へのビジョンを描く。 浮世絵は過去じゃない。 今も使える表現なんですよね。 え Were ukiyo-e actually “advertisements”? Ukiyo-e, actually served an advertising role too,
空次 那須
3月21日読了時間: 2分


令和浮世絵巻〜第三幕〜
役者絵は、江戸時代の“推し活”だった? 役者絵って、実はめちゃくちゃ面白いジャンルなんです。 今で言うなら、アイドルや俳優のポスターみたいなもの。 しかも当時は、人気役者の浮世絵が飛ぶように売れていたそうです。 完全に“推し活”ですよね。 ちなみに僕の推しはTWICEのチェヨンです。あとキムタク。 豊原国周 作「暫」 ■ ただの肖像じゃない でも、役者絵は写真じゃない。 その役者が演じている役の“瞬間”を描く。 怒りの表情、悲しみの目線、決め台詞の直前。 一番ドラマチックな瞬間を切り取る。 つまり、“物語ごと売っていた”んですよね。 今みたいにiPhoneのカメラなんてありませんでしたからね。 ■ 現代の役者って誰だろう? じゃあ、今の時代の役者って誰なんだろう。 経営者かもしれない。挑戦者かもしれない。何かを背負って前に出る人。 舞台は歌舞伎座じゃなくても、人生そのものが舞台だったりしますよね。 だから僕は、現代の役者絵を描きたいと思っているんです。 Were Actor Portraits the “Fan Culture” of the E
空次 那須
3月14日読了時間: 2分


令和浮世絵巻〜第一幕〜
浮世絵って、結局なんなんだろう? 浮世絵って、結局なんなんだろう。 伝統美術?有名な波の絵?美人画や役者絵? もちろんそれも正解なんですけど、僕は、浮世絵って“その時代の今を映すメディア”だったんじゃないかなと思っているんですよね。 江戸時代、浮世絵は庶民のためのものでした。武士や貴族のためではなく、町人文化の中から生まれたもの。 当時人気だった役者、憧れの遊女、流行のファッション、話題の風景。 つまり、浮世絵は“今これがアツい”を描いていたんです。 ■ 「浮世」ってどういう意味? 「浮世」って、少し儚い響きがありますよね。 移ろいゆくこの世界。永遠ではない、今この瞬間。 だから浮世絵は、永遠の理想を描くというより、“今を切り取る”表現だったんだと思います。 役者絵は、その瞬間のスターを。美人画は、その時代の憧れを。風景画は、人々の夢を。 今で言えば、広告や雑誌、SNSみたいな存在だったのかもしれません。 ■ 北斎も、歌麿も、写楽も よく「伝統」と言いますけど、北斎も、歌麿も、写楽も、過去をなぞっていたわけじゃないんですよね。 その時代の熱を描い
空次 那須
2月28日読了時間: 3分


令和浮世絵巻〜第二幕〜
大首絵って、なんであんなに顔が大きいの? 浮世絵を見ていると、「顔、でかっ!」って思うことありませんか? あれが“大首絵(おおくびえ)”です。東洲斎写楽は数多くの大首絵を残してきましたね。 顔を大きく描く構図。 でも、あれってただ目立たせるためじゃないんですよね。 大首絵ってこんな感じ ■ 表情を描くという挑戦 江戸時代の初期の浮世絵は、全身を描くことが多かったんです。 でも、そこから顔にぐっと寄る構図が出てきた。 なぜか。 それは、『感情』を描きたかったからなんじゃないかなと思うんですよね。 役者のにらみ、わずかな口元の動き、目線のニュアンス。 顔に寄ることで、その人の“内側”が見えてくる。 ■ 今で言うなら、ズーム 大首絵って、今で言うとカメラのズームみたいなものですよね。 「この人を見てくれ」っていう強いメッセージ。 だから現代で大首絵を描くとき、僕は単に似せることよりも、 その人の『覚悟』や『空気”』を描けるかどうかを大事にしています。 顔って、嘘つけないんですよね。 私が書いた Why are the faces so big in o
空次 那須
2月28日読了時間: 2分
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